人間が生存を掛けて身に付けた生きた技
 
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  人間が生存を掛けて身に付けた生きた技について


こんにちは、飛鳥塾の中山です。


人間が生存を掛けて身に付けた生きた技



とにかく特に女性は身に危険を感じたことがあれば、護身用のスプレーを携帯することが重要です。
(身を守るための防犯護身の情報は後半にて)


会津白虎隊の什の掟に今こそ学べについては、会津藩校の日新館は(白虎隊)の学び舎です。六歳から九歳までの藩士の子供たちは、 十人前後の集まりに属していた。この集まりのことを会津藩では「什 じゅう」と呼んでいた。

今は、自由自由と何でもかんでも自由で解決できる世の中ではありますが、「自由と自分勝手」は別物ですので 自由に動けるとは返って難しい面も多いのです。

広々とした自由の大地に立てば、どこへでも自由に行ける反面、すべてが平和で幸せな道のりではありませんよね。 自由に動ける代わりに、自分の選択によっては苦難も悲しみも命を落とすことだってある訳です。

今の時代に聞いたら、ナンセンスと思える教えもありますが、このような「ならぬものはならぬ」というある面強引に見えることが 人の心を突き動かすのでしょうね。

その有名な「什 じゅうの掟」が以下の言葉です。
一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
 
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
 
一、嘘言を言ふことはなりませぬ
 
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
 
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
 
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
 
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ
 
ならぬことはならぬものです

「武道と武士道の違いは?」・・時々このような質問を受ける場合があります。
武道とは、人間が生存を掛けて身に付けた生きた技であり、活殺を超えんとした修行 の在り方であり、長い歴史や経験の蓄積と「殺人技を活人技へと昇華」させた日本 独特の文化だと思います。

また、武道は「自己犠牲を伴った」自己の品性と人格の完成を求めて行く自己啓発の 道だとも言えるのではないでしょうか。


武道は人間が持つ能力の限界への挑戦



変わって、これも「武士道とは自己犠牲を伴った」主君への忠誠を尽くす道であると 言えますし、目的とするところは異なるものの、武道も武士道もその奥に秘められた 精神は同じだと考えています。

独り、私の浅はかな知識と見聞での考えですので、知識不足などで間違った考え方 などがありましても、私の戯言と笑いながら聴いて頂ければ幸いです。

武道的発想は洋の東西を問わず、「人間存続の必然の産物」として発生し発展して きましたが、武道は人間が持つ能力の限界への挑戦だとも言えます。

西洋ではスポーツとして楽しむという形へと向かい、東洋、特に日本では、自らに 障碍苦難を与え何かを悟ろうとする自己修行の方向へと向かったのです。

また日本武道には「礼に始まり礼に終わる」というように、「精神的な見えない世界」 より自分を律しながら自己の安心立命の境地を目指して行くことになるのです。

日本独自の武士道にも、「捨身奉公」「下克上」のように時代によって、「自己犠牲的 精神」に重きを置く「葉隠武士道精神」も現れるのです。

そして、自己の人格完成に目的を置く儒教的武士道、この二つの武士道を二分する のではなく、これも「武士道の表裏であり一体である」と思います。

「痴漢やひったくり、性犯罪や路上強盗」から身を守る



まとめますと・・
「武道と武士道の違い」とは、早い話しが「主君への忠誠を尽くす道」と「自己の品性と人格の完成を求める道」 という風に分けることもできますが、武士道も武道も「自己犠牲を伴った道」には変わりはないようですね。

会津の武士道精神を知ることもできます。
会津のこころ【電子書籍】[ 中村彰彦 ]

 
   
 
 
 
 
 
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